AUTOSPORT No. 616 — October 1, 1992
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172 available scans from AUTOSPORT No. 616 — October 1, 1992, in rtl reading order. Original scans with searchable Japanese OCR; English translation pending. Drafts have not received exhaustive image proofreading; unreadable source remains recorded in the archival data.This 172-page catalog PDF runs from the identified front cover to the final back-cover advertisement. Completeness against a physical copy and any omitted inserts have not been independently verified. Preserve original printed publisher, author, photographer and contributor credits; Jay’s Archive is credited as the scan source.
Page 28 — Japanese OCR · English pending
その為この車は当時の常識を破る 発想のもと製作されい。もも と1・5クラスのミリーカー的 な乗用車であたS50スカイライン 500ベ-KS40グロに搭 載2スの6筒0H Cエンジンを搭載す為ホイール 200延長、全長同延 長。ボンツトフロント・ 一等はS50用の物を2枚使接合 わせと言う。 ずば抜た性能を誇る デビ戦でとんでもないライハ と戦わざる得る。44年4月に ホロンを取得の まさに純レシングカー以外の何物で もないマシンポシェ904である。 た台ではたが、鈴鹿の 姿を現し圧勝を期しリス 勢の前に立ちだた。現代に置き 換えればグAのスイ GTRがポルシ962Cと戦うう ものだそのドライバ-はトヨタ ワ一クスとして活躍していた式場壮吉。 実際は式場が個人的購入しマ ンだたが、状況としは「トタの ブリンス潰し」という黒いが流れ のも無理からぬものであた。 撃つGT群は、絶望感じ も生沢筆頭とするブリ 7人のサムライと呼ばれドイ 一陣で万全のを整。とこ
Captions and page details
LEGEND
SKYLINE
Photo:MPS
その時、観客の誰もが我が目を疑つた。だが、確かに国産の4ド了・セダンが、
やがて1万人の大合唱が鈴鹿を震わせた。
とても勝てそうにない、外国のレ一シングカ一の前を走っている。
東京オンピクを控元1964年5月3日、第2回日本グ。
「がんばれ、スカイライン」それは自分自身への声援でもあつたに違いい。
日本と日本人が、ようやく上を向いて歩き始めた頃、ひとつの伝説が生まれた。
常識やぶりのGTカ
S54スカイラン2000G スカイライン伝説の第1章をつづ たのはブリンス・スカイン20 00Gこれはレ-スを目的 とした限定生産車であ4年に鈴鹿 サトで行われ第2回日本 ランブリのGⅡレス勝つ」 とを最大の使命とし生まれたのであ
ao
ース 6年第2回日本グ イン-508位点Gス はスカイン2000G伝の名を 開2位に入写真は伝説マン生沢 12088G スカイライ
904は予選でクラツシし 3日後の決勝には修復不可能と思われ た。だ、決勝スト間隊に904 は蘇ブリンス陣観ドを 粉砕するのである。 レースは当然のように式場の904 が首位を快走し、生沢のGTも 念の追撃7周目には待望のトツ う。9周目は再904先行 許したが、「国産車それも4ド セダンが外国の純レシンカ 瞬と言えも勝という衝撃は計 知れいものが有こ現 まで続スカイライン伝説の始まりで あた 結果的に904に優勝らわ がGTは256位独占し他の外 国製ツカ-打ち 負かしたのである。
とても
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