Rev Speed — March 2007
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234 available scans from Rev Speed — March 2007, in rtl reading order. Original scans with searchable Japanese OCR; English translation pending. Drafts have not received exhaustive image proofreading; unreadable source remains recorded in the archival data.
Page 135 — Japanese OCR · English pending
曲がらない止まらない最初は1ラプ走るだけで汗ビツシリだた(木下 ユーザーの後押しで 決断しユナ 55秒947このタイムを聞い た誰もが、すぐには信じられなか た2005年にパンスピド のFDが叩き出した2駆最速タイ ムは、56秒800この数字は2 002年にRE雨宮が叩き出した タイムと僅差であり、タイヤのグ リプ性能が飛躍的に向上するな どの躍進が無い限り、56秒8が2 駆での限界タイムなのではないか と言われていたからだ 国産の2駆で最速を狙うとなる と、レイアウトは間違いなくFR その中でも限りなくミツドシプ レイアウトを追求したFDは、最 高のベースマシンであるところ が、Rマジツクがこのピンク4号 を製作する前のデモカピンク 3号はFDではなくFCだた サキトを走るシのデ モカといっても、どれもが極限 ギリギリのタイムを狙うようなマ シンではないRマジツクのFC も、そこまでのタイムを狙うこと は念頭に入れていない状態で製作 したマシンだたこれは当時、 大原がチユナとしてそこま でサキツトに本気ではなた からである当時のRマジツクに 集まるユ-ザ-の大半はストリー ト派で、サキツト派は極少数。 極限のタイムを追求するようなユ
ザに至っては皆無だた ある日、筑波サトデモ カのテストで来ていた大原は 1人の一般ユ-ザからきなり 「高速コナでフロントが巻き込 む時、リアのトをインにすれば いいんですか?と声をかけら れいきなりだたうえ質 問の内容がー般ユザとは思え なかったことに驚きつつも「そう ですよと答えすると「ん だ、ラジコンと一緒じん!と にこやかに喜んだこれが大原と 島谷篤史の出会いである。聞けば、 まだサキツト走行3回目だとい うのに、1分3秒台で走っている というたた3回走ただけで 3秒台というのは普通のレベル ではないそれもそのはず、島谷 はサト走行こそ初心者だが、 電動ラジコンカの世界ではト ップレベルの実力を持つプロドラ イバだたのだ それまでラジコンと自動車では 勝手が違うと思い込んでいた島谷 だが、大原と知り合いRマジック に通ううちにセツテングの方 向性はラジコンとほぼ同じである と確信する。ラジコンはかがオ モチヤではない全日本クラスと もなると、車体からタイヤまでイ チから開発することも常識追求 という部分では自動車以上にセ ツテイングを詰める競技なのであ る大原と知り合た島谷はラ
という作業は、言葉で言うほど簡 単な作業ではないチユニング ショプであるRマジックには まだそれだけのノウハウの蓄積が ない上に、大原をはじめとするス タフはチユーニングが本業であ ってレスメカニツクとは近そ うで遠い別の職業であるこのた めだマシンを作て運転技術 が高いドライバーに任せるのでは なく、ドライバ選びという部分 から考え方を改めた。 ドライブを任せるのは優れた センサを持ち的確に現状を把握 でき、改善箇所の指摘ができるテ ストドライバがいい大原はそ れを可能にするドライバに木 下みつひろを選択木下は優れ テストドライバであると同時に、 当時チユーニングカで55秒台と いう偉業を達成している唯一のド ライバだた。そして、木下を 選択したことで、偶然にも新たな 出会いが生まれることとなる。 木下はドライバーとしての本業 とは別に、趣味でラジコンをやつ ている。家にラジコン専用の部屋 があるほどのマニアで、地区大会 レベルでは優勝するほどの腕前。 つまり、全日本レベルのテクニツ クと知識を持つ島谷は、木下にと って雲の上の存在だったのだそ して島谷にとっても、プロドライ バの木下は尊敬する存在。両者 はRマジツクという共通項によっ
Captions and page details
悲願を成しげた
3人の立役者
大原幸弘(おおはらゆきひろ) 生年月日:昭和40年3月16日 出身地:広岛、血液型:0型 RX-7の故郷である広島生まれ。 パワーのあゼロヨンチユーな どを得意としていたこともあつ て、サーキツト仕様のマシもし スポスだけではなくパワーにこ だわる。ピンク4号のテスト中に 木下から、エンンのレスポス を追求しすもドが難し <なると指摘され、パワーとレ ポスだけではない乗りやすさを 追求ン覚
ジコンで培った知識を自分のセツ テングに生かし走行会でメキ メキと頭角を現す 大原は島谷の速さに驚いたが、 それ以上に島谷は大原の製作した エンジンとコンピユタセツテ イングの技術の高さに驚いたこ れだけの事ができるチユナな ら本気になれば絶対に速いマシ ンを作ることができると思った Rマジックのユザを代表して 頑張るから、大原さんも日本一目 指して頑張ってください」島谷と 出会い、タイムアタツクに賭ける 情熱を感じ続けていた大原の中で 筑波最速を目指そうという気持ち が次第に膨らみ始めた。
筑波55秒台の請負人 木下をドに 新しいサキツト用のデカ を製作するにあたり、目標にする タイムはRE雨宮のタイムアタツ ク号が叩き出した56秒863 のタイムは数年間破られることの ない、FR最速の数字だたこ れを目指すのがどれだけ難しい事 かは理解しているが、どうせ狙う なら目標は大きい方がいい大原 は無謀とも思える55秒台という数 字を見据えて新たなマシンの製 作を開始した 極限のタイムを狙うマシンは、 既存のチユニングカとは根本 的に違う極限まで煮詰める
木下みつひろ(きのしたみつひろ) 生年月日:昭和40年1月31日 出身地:長野、血液型:0型 スーパーGTやS耐に参戦する現役 のドライバーでありながら、エン ドレス、ZEAL、その他、タイヤメー カーの主カ商品開発ドライバーと しての一面もあるスペシャリスト。 的確な指示でマシンを成長させて 行くが、有言実行でタイムを出さ なければならないプレッシャーと も常に戦っている。55秒947のプ レッシヤ一から、1月初旬の時点 で5kgも痩せてしまつたという
て、同じ時間を共有することにな る。この運命的な出会いがなけれ ば55秒947というタイムは不 可能だったかも知れないのだ。 自分以外が乗ても
速いマシンにします
まだマシン製作中のRマジック に訪れた木下は筑波サキト でのエアロの重要さを語ると同時 に、マシンに装着する新型エアロ について大原と話し合いを繰り返 したその中から2004年に GTCでフエアレデZ強い理 由であるサイドステツプのダウ ンフォースについてのヒントを得 て、ワイドボデキツト製作 フロントフエンダ下部からタイ ヤハウス内の乱流を排出して、
不れな
理返口時下ク,
木下がドライブするピンク4号は、1へアの立ち上がりか路面に吸い付 ようなトラクションを見せ、4WD並みの加速でインフィールドバク ストレートに飛び出す。6速8000rpmキツチと回し切つたストレ一トエン ドでは、データロガーで227mhをマーク。イムを出しピツトに戻った 木下に大原抱きつき、スタツフは飛び上がって喜んだ。Rマックのス ツフ全員が一丸となって打ち込んだ結果の、堂々たる夕イムだった R-Magicが実行した4つのポイント
ロントのリフトを軽減=ダウンフ オスを増すのはサキト用 のエアロチユンでは定番である。 大原がデザインしたのはこのフ ロントフエンダから排出された 乱流と、ボデサイドを流れる走 行風を遮断するサイドステプ このデザインでフロントのダウン フオスをさらに助けると共に、 リアタイヤにサイドから巻き込む 走行風もエアカテン効果で遮断 させ、空気抵抗を減少させつ ウンフォスを確保することに成 功したギリギリのスケジル の中、2005年の12月にマシン は完成しかし、形になたばか リのマシンは筑波スパバト ルが正真正銘のシエイクダウンと なてしまった
島谷篤史(しまやあつし) 生年月日:昭和48年5月25日 出身地:長野、血液型:0型 ラコのスペシリスト。全日 本選手権で2位、世界戦で3位な ど、トップレベルの技術力持ち、 アレツクスレシグムで活 躍する一方、開発ドライバーもこ なす。大原や木下と出会い、ラジ コの知識がそのままFDセツテ イングに応用できることを知り、 劇的にツ。木下日 く「運転しないでロポで操縦す れば、確実に筑波最速(笑だとか
スプリングのレートと減衰力を変更 ダウンフオースを生エアロの追加 贅肉を削落ボデの軽量化 マに合わせスペシヤ
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